エリコ陥落の勝利にイスラエルの人たちは沸いていた。
約束を守ってくれた二人の青年はあれから
定期的に必需品を運んできてくれる。
彼らの言葉や態度に、勝利の自信が見て取れる。
回を重ねるごとに、お互いの心もほぐれ
宿営内の出来事や、自分たちのことなどを話すようになっていった。
ラハブは救われた喜びの高揚感が治まると
「後悔」という引き潮に悩まされた。
イスラエルの神様がいくら素晴らしくても
結局わたしは、友達を裏切り、助けてあげることも出来なかった。
あの時、もっと執拗に誘うべきだったのだ・・
あの部屋はまだまだ空いていたのに・・・
わたしは、裏切り者・・
自分のことしか頭になかったのでは・・・
彼女は、仕事の手が止まると、ぼんやりとそんなことを考えては
自分を責めずにはいられなかった・・・
そんなある日、黒衣に身を包んだ一人の夫人が、彼女を尋ねてきた。
初めて見る顔だったが、以前あった事があるような気がした。
「済みません、突然こんな格好でお伺いして・・
でも、なぜかあなたを尋ねなければと思ったものですから・・
息子は、あなたのことをよく話していました。、
なんですか、色々と話を聞いてくださったそうで・・
有難うございました」
夫人の話から、いつも来てくれる青年の一人の母親であることが分った。
それにしても・・・と、ラハブはいぶかった。
「私がこんな格好なので怪訝に思われたことでしょう・
実は・・・・・(-ι_- )
息子は一週間ほど前になくなりました。」
夫人はそういうと涙を流した・・・
ラハブははっとして息を呑んだ・・
不意を喰らって吸った空気が、胸の辺りで風船のように膨らんで息苦しい・・
ラハブはそれをはじき出したくて言った。
「それは、どういうことでしょうか・・
ついこの間、ここにいらして、
将来のことなどを話しておられたんですが・・
なくなったなんて、信じられません。
一体、何があったのでしょう・・」
ラハブは、おろおろしながら問い返した。
夫人は、こみ上げてくる嗚咽を飲み込むように、二、三度、大きく肩で息をして
黒衣の端をきゅっと握り締めて顔を上げた。
「そうですか・・
そんなことまで話していたんですか・・
家では何も話さなくって・・・」
母親はちょっとうらやましげにラハブを見た・・
「じつは、エリコにつづいて、隣のアイを攻めることになって・・
息子はまたスパイの役をかってでました。
調べた結果、戦力も小さく、
今回のエリコの戦を知っていて
戦意を消失している様子・・・・、
2、3000人ほどの兵士で大丈夫、という結果が出たのだそうです。
息子も半日もあれば終ると言っていました。
それが・・・
半日で終ったものの・
私たちの負けだったのです・・
戦場では36人も死傷者がでて、
退散する兵をアイの兵士がシベリテまで追ってきて、
そこでも大変な被害が出たとか・・
息子は、責任を感じて飛び出していって
シバリムの坂の下の道で倒れたのだそうです」
母親は一気にそこまで離すと、言葉を切った・・・il:i(-ω-`;)ll|
ラハブは思わず母親の傍に近寄ると、その震える肩を抱きかかえた。
「ありがとう・・・
あなたに、話したかったんです。
息子がいっていました・・
何でも聞いてくれるんだよって・・
あの子は、私にも話さないことも、あなたには・・・
だから、私もつい甘えてしまって・・」
母親はちょっと自嘲したように言葉を切った。
「いいえ、いいのです・・
わたしも、命を助けられ、父も母も兄弟も一緒です。
私たちはいま、何も持っていません。
それでも、この感謝の気持ちを伝えたくて・・・
ただこうして、時を共有して、
あなたがたのご親切に報いたいだけなんです。
よろしければ・・・・どうぞ、聞かせてくださいませんか・・・
わたしも、あなた様の息子さんのことを、もっと知りたいのですから・・・」
それからひと時、母親はラハブの元にいて、暗くなるのを気にしながら帰って行った。
あの青年はもう二度と戻ってはこない・・
ラハブは青年のはじける笑顔と、眩しすぎる瞳をおもった・・・
それにしても、エリコを攻めたイスラエルが
そんなにあっけなく、アイに負けてしまうなんて・・・
ラハブには解せなかった・・・
あの力強いイスラエルの神様は一体どうしたのかしら・・・
見上げれば空には、眩いばかりの星がキラキラと輝いていて
何か、懐かしい人に出会えたようで
ラハブは動くことが出来なかった。
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