『主がつむじ風をもってエリヤを天に上らせようとされた時・・』
え!神様、あなたはエリヤさんを召されるのですか?
なんて唐突なんだろう。
いや、唐突でないかも。
カルメル山での熱い戦いも一過性だった。人々の驚嘆のため息と熱い眼差し、拍手喝采。すべてを出し切って疲弊しているエリヤ。イゼベルの追撃の言葉。
震え上がったと言うよりも、「悪の種は尽きず」戦えども戦えども、その成果は指の間より落ちる砂に似て、孤独と空しさが、戦う気力を奪い、生きる意味をも萎えさせた。
そんな彼に、ご自分の御姿を現されて、励まされた神様は、後継者をも示された。
エリヤは後継者エリシャを片時も離さず、預言者の何たるかを教え、ギルガルの預言者仲間に紹介し、その地の預言者学校での訓練も薦めたと思う。
その昔、先輩預言者サムエルは、定期的にべテルやギルガル、ミヅパを巡回し、弟子訓練をしていた。その実がこうして引き継がれているのだ。
孤独な一人働きで苦しんだエリヤは、仲間の大切さをも教えたかった。
ある日、エリヤは神の招きを感じた。彼の心は安らかで、ほのぼのとした温かい安堵感に満たされた。
彼は思った。最後は、人里離れた場所で、静かに神様のもとへ旅立ちたいと。それが自分にふさわしいと。
エリシャはその師に、いつもと違う何かを感じた。彼の外套が自分の肩にかけられた時の、驚きと戸惑いと喜び。
そのない交ぜな気持ちが、今はしっかりと縒り合わされて、後継者としての強い自覚が出来上がってきていた。
そうした思いが固まれば固まるほど、エリヤの偉大さが重く大きく、彼を圧した。
彼の心に人知れず芽生えた思いがあった。弟子としての無力を知れば知るほどその思いは大きくなっていった。が、彼はそれを言葉に出来なかった。
その日、二人はギルガルを出て、べテルに旅立つことになった。ぞろぞろと後を追って、名残を惜しんだ人たちも、町外れを過ぎる頃には居なくなり、師弟二人は黙り込んだまま歩を重ねた。エリヤの足が止まった。
「主が呼んでおられる。べテルへは私一人で行こう。お前はギルガルに留まれ」
突然のエリヤの言葉に、エリシャは耳を疑った。いつかその日が・・・、そう心に戒めながら、一瞬たりともおろかに、時を重ねてはこなかった。
その日が今日なのか?今なのか?いや違う!
彼はじっと、踏み出したままの足元を見つめた。彼のつま先の乾いた土の上に、微かな土ぼこりが立った。そして、小さな黒いしるしを残した。エリシャは瞼をせわしなく動かした。それから、油の切れた機械人形のようにぎこちなく顔を上げた。
「神様に誓ったんです。決してあなたから離れませんと」
エリヤは何も言わずに、愛弟子の目を見つめた。きらきらと輝いて透き通っていた。その心のさまを思って彼は満足した。もうすでに、教えるべきことは教え、伝えるべきことは伝えた。
しかし何か、何だろう?
言葉に出来ない何かが、残されているような気がした。
二人は、その歩幅を乱すことなく運んで、べテルに着いた。「べテル」そこはかって「ルズ」と呼ばれていた。
民族の先祖ヤコブは、この地べテルに祭壇を築いて礼拝し、神様から新しい名前を頂いたのだった。
「イスラエル」
なんと麗しい名前。心地よい響きだ。
ヤコブ改めイスラエルとなった彼を、神様は祝福され、先祖アブラハム、イサクに約束されたその約束を、復唱された。この聖なる記念すべき地が、今や偶像の町と化していた。
エリヤは身震いした。ヤラベアムが人心を掌握するために設置した偶像、
「金の小牛」
すれ違う旅人は、北イスラエル中からそれを目指して集まって来ていたのだ。あれこそ、あれこそ諸悪の根源。
出来なかった。
エリヤは顔をしかめ、やりきれない思いで唇をかんだ。
「主が今日、エリヤさんを取られることを知っていますか?」
出迎えた若い預言者の一人が、興奮したようにエリシャに話しかけた。ムカついた。
「もちろんだ。しかし、あなたにそれを言ってもらいたくない。 黙っていてくれ」
彼はエリヤに目を向けたまま言った。そして、小走りにエリヤの背に向かって走った。
「エリシャよ。私はエリコに行く。お前はここに留まってくれ」
エリシャは悲しかった。
「私の心は変わりません。私はあなたを離れません」
二人は偶像の町と化したべテルを後にした。エリヤの少し小さくなった背を見つめながら、黙々と従う弟子はエリシャ。彼は汗で光った頭を、衣の袖で無造作に拭った。
名も知らぬ鳥が、追いつ追われつ頭上で舞って、彼らを音もなく追い越して行った。