太宰治は大の犬嫌い。
犬は猛獣だ。
だから犬に噛みつかれないように、ご機嫌を摂らなければ成らないと思っている。
ある日子犬が、後を慕って家までついてきてしまった。
子犬といえども立派な歯をすでに持っている。噛まれたら大変だ。
丁重にもてなした上に、名前まで付けてしまった。
不器量で、喧嘩っ早かった。
よく吠えた。これは恐怖だった。
それで喧嘩をしてはいけないと教えた。
犬は理解したようであった。
しばらくして、転居することになった。
ボツボツと荷造りなんぞを始めだしたころ、ポチは皮膚病にかかった。
その上、蚤が太宰を悩ました。
・・・・・毒殺・・・・
ある日牛肉の塊を買ってきて、薬局から買ってきた薬をなすり付けた。
ポチを散歩に誘った。
ぼろぼろのポチは、縁の下から出てきていそいそと太宰の後を追う。
草原をしばらく行くと前方から大きな赤犬が来て猛烈に吠えてきた。
ポチは無視して通りすぎた。
赤犬はポチの背後から突然襲い掛かった。
ポチはかわしながら太宰の顔色を伺った。
「やれ!!
赤毛は卑怯だ!
思う存分やれ!」
手に汗を握る激戦の末、赤毛は尻尾を巻いた。
太宰は歩いた。
かって、ポチがいた橋の袂まで。
持ってきた肉をぽとりと落とした。
ポチはガツガツ食べた。
太宰はそっと道を引き返した。
一分もしないうちに薬が効くはずだったから、後ろを見なかった。
それでもだいぶたってからそっと振り向くと、尻尾を振ってポチがいた。
家に着くとすぐ妻に言った。
「タマゴはあるかい。
ポチにやれ。
ふたつあるなら、二つやれ。」
「畜犬談」より