えっ、
神様はあの男を許されるのですか?エリヤは神様の懐の深さに感動し、カァーと丹田が熱くなった。
異教の妻の言いなりになり、偶像に染まり切ったどうしょうもない男。その男が今、見栄も誇りも打ち捨て、着物を引き裂き、ぼろを身にまとっていた。食を断っていた。
焦燥しきって、髪も髭もぼさぼさだ。落ち窪んだ目の周りに出来た大きな隈。不眠に悩まされている証拠だ。
これが数日前に会ったあの男か?
エリヤは目を疑った。
男の名はアハブ。イスラエルのれっきとした王である。
数日前、
エリヤは神の言葉を携えて王のもとを訪ねた。エリヤがアハブ王に会う時はいつも、神の言葉を携えていた。それも、彼を不機嫌にさせる言葉をだ。
そのため、王は極力彼に会うのを避けていた。それでも、神の預言者としての務めを果たすべく、エリヤを追い払おうとする家来たちを払いのけて、強引に王の前に立つのが常だった。
あの時もそうだった。
宮殿の中の部屋々を回りながら、主に導かれて、王のいる部屋へと踏み込んだ。アハブは憎々しげにエリヤを見、
体中から拒否反応を発散させながら言った。
「なんだ、またお前か。許可なく、ずかずかと入り込んでくるとは、いい度胸だ。今日は何だ。」
エリヤは大きく息を吸った。
そして目を閉じ、神からの言葉を整えた。神からの言葉は強烈で、エリヤが初め聞いたとき、体が押し倒されるような衝撃を受けた。エリヤはまた深呼吸をし、アハブを見つめた。
アハブは足を広げて、肘掛椅子に深々と腰かけ、ふんぞり返り、王としての威厳を保とうと、エリヤを睨みつけていた。そんな彼にエリヤは言った。
「エズレル人ナボテの葡萄畑を奪ったな。畑だけでなくその命まで奪ったな」
アハブ王は微かに口角を引き上げた。
「宮殿に隣接するあの土地は日当たりもいいし、菜園畑にぴったりだと常々思っていた。わしは通常の倍の代金を払い、代替え地をも用意すると言った。なのに、あいつはけんもほろろに断った。くさくさしていたら、イゼベルがうまくやってくれたのだ。わしはどんな方法でやったかなんて、知らない」
「知らないですと。異教の妻イゼベルに話せば何とかなると、あなたは知っていた。そうやって、いつも自分を甘やかしてきた。そのつけは大きいですぞ。」
エリヤはアハブを射殺すように見つめた。
「アハブよ、聞くがよい。神はこう言われた。
『私はあなたに災いをもたらす。アハブ家に属する者は容赦なく滅ぼし、イスラエルからお前の家系を断つ。お前も妻イゼベルも、獣に食われて死ぬ。町中で死ぬアハブ家の者は獣に食われ、野で息絶える者は空の鳥の餌食となる』」
エリヤは一気に言葉を吐き出した。
このような言葉をいつまでも心にとどめていると、自分自身の体がむしばまれてゆくような気が、いつもしていた。
アハブは額に青筋を立て、肘掛の先をがっしりと掴み、顔を突き出し、叫んだ。
「いつもいつも、そうやってわしを怒らせる。
アハブ家が滅びるだと。ぬかせ!イゼベルは異教の国とを結ぶ要だ。そのおかげで、幾度、戦を避けられたと思っているのだ。
イスラエルの神だけに仕えよだと。笑止、笑止。それこそ頑なな心とゆうものよ。互いに理解しあい、相手を受け入れてこそ、平和が保てるというものだ。
お前はわしの預言者たちを偽者呼ばわりするが、融通の利かないお前など要はない。帰れ、帰れ!お前の顔など見たくもないわ!
これ以上ここにいたら、命は無いものと思え!」
王は怒りで震える腕を伸ばし、エリヤを指さしながら叫んでいた。エリヤは自分の背中越しにその言葉を聞いた。
足早に屋外に出ると、雲足が強まっていて、太陽を覆っていた。
時には、自分の勤めの重さに疲弊するエリヤ。
しかし、イスラエルの民を偶像の餌食には出来ない。真の神を見失ってほしくない。自分はそのために遣わされているのだ。神の言葉の代弁者として、人に憎まれ、命を狙われようと、悔いはない。そんな思いが弱気になる彼を奮い立たせ、さらなる働きの原動力となった。
主よ、お守りください。
エリヤは天を仰いで歩きだした。
エリヤの姿が扉の向こうに消えて、アハブは腕を下ろした。体中の力が抜けて、イスの中に体がのめり込んでゆくように感じた。重い。不意に瞼が下りてきた。ずずーっと、冷や汗が背中をつたった。指先が冷えてきた。
再びエリヤの言葉が響く。アハブに向かって、チロチロと赤い炎が這い上ってきた。
わぁぁぁぁあ~~!
アハブはのけぞって悲鳴を上げた。 巨大な目玉が迫ってきたのだ!目が開いた。心配そうにのぞき込むイザベラと目が合った。彼はベットに横になっていた。
「また、あの預言者が来たのですね。アハブ家が滅びるなんてありえません。あなたはイスラエルの王様。恐れるものなど無いのです。ちょうど、礼拝に行くところでしたから、私の神様にお祈りをささげてきますわ」
イザベラは真っ赤に紅を差した唇を、アハブの耳元に近づけて言った。
静かだ。
アハブはほっとしながら、広い寝室の天井を見つめた。そこには池の水が反射して、柔らかな光が揺れていた。葉連れの音がせわしなくなってきて、不意に、窓辺のカーテンを舞い上がらせた。
わぁ!
アハブの体がわなわなと震えだし、がくがくと操り人形のように、不器用に体を動かして、芋虫のように体を丸めた。
すると、大きな手で首根っこを押さえつけられ、誰かに引きずり出されるようにして、ベッドからずり落ちた。
彼は放心していた。見開いた眼は、焦点が定まらず、だらしなく開いた唇はカサカサになっていた。アハブは突然、ビリビリと衣を裂いた。髪をかき回し、髭を引っぱった。
「 ゆ、ゆるしてくれ、エリヤ!幼いころは真の神を敬い、父オムリのようになるまいと、気負っていた。それが今はこのざまだ。
妻の機嫌を取らなければと、必死だ。甘やかされて育ったことはわかっている。何もかも人任せになってしまった。
まわりの者が忖度してくれるからな。ナボテには悪いことをした。
だからといって、獣に食い殺されたくはない!エリヤよ、教えてくれ!わしはどうしたらいいのだ」
アハブは幼子のように声を出して泣いた。
それから幾日が経過しただろうか。
エリヤがまた、アハブのもとへやって来た。
アハブはふらつく体を、イスに縛り付けるようにして座った。声を出すことも億劫で、エリヤの足元を見つめていた。預言者の衣の裾は土にまみれ、擦り切れていた。
「神様の哀れみだ」
突然エリヤの声がした。
「アハブよ、お前は獣に殺されることはない。お前の悔いる心を神はよみされた。裁きは延ばされたのだ」
その言葉にアハブはびくっと反応し、勢いよく背筋を伸ばした。それから口をパクパクさせ、慌てて手で押えた。見開かれた眼の中で黒目が大きく揺れて、彼は、膝に顔をうずめてただ泣いた。
わぉ~~!
神様は素晴らしい!
でも、命をとられちゃったナボテは・・・( ;∀;)アハブを、このまま生かしていていいのでしょうか?罪を憎んで人を憎まず・・むずかしい‥‥アハブさん、あんたは楽して、そのつけを子孫に押し付けて、それで何とも思わないのかぁ・・・なぁ~んて、思ってしまう。🐤はやっぱり🐤だなぁ・・・・