イスラエルの民は40年間荒野を歩き回り、世代交代が行われてゆきました。
新しい年になって彼らはチンの荒野につき、カデシにテントを張ったときには、40年間の終りのほうでした。
そして、そこで女預言者ミリアムが息を引き取りました。
そのころ、また、水不足に見舞われ、例のごとく民は、指導者モーセの元に押し寄せました。
そして例のごとく、嘆き悲しみ、怒りと不満を吐き出しました。
モーセはアロンと共に会衆の前を去り、会見の幕屋の入り口にひれ伏すしか、なすすべがありません。
すると神様は会衆を集めるようにいわれました。
そして人々の目の前で水が出るように、岩に命じなさいと言われました。
モーセは神様の杖を手にし、民の前に姿を現すと、人々は次々に声を荒げ、彼らを罵った。
普段は温厚なモーセの手がその時、ぷるると震えた。
悲しみと怒りの、ない交ぜになった彼の瞳の中に、一瞬、荒野の陽射しが白く虚ろに思えた。
そうして、大きな岩の前に来ると、会衆に向って叫んだ。
「愚かな民よ、聞くが良い。
何時まで我々が、あなた方のために水を出さなければならないのか!!」
モーセが渾身の力をこめて岩を打つと、
打たれた岩の窪みが、じわりっと黒く変色し、ぽたぽたと水が滴り出した。
人々の目がその窪みに吸い寄せられ、息を凝らしてみつめていると、水はさらに大きく湧き出し、ざあざあと小気味良い音を立てて流れ出した。
会衆の間にどよめきが起こり、民は今までの暴言を忘れ、ひんやりとした湧き水に、我先にと手を伸ばした。
民の狂喜の雄たけびの中で、モーセとアロンの心は凍りついた。
なぜなら神様が二人に聞えるように言われたのは、『お前達は、約束の国に入ることは出来ない。』と言うものでした。
なぜ、なぜ、なぜなのだ!!
モーセの頭の中をその言葉がこだましました。
『モーセ、お前は今までよくやって来た。
しかし、今の態度はどうした。
わたしは、岩に向って命じなさいと、言ったはずだ。
それをお前は、自分の力で水を出すかのように声を張り上げ、
挙句に怒りをこめて岩を二度も叩いた。
彼らの喉の渇きは止んだが、彼らは、わたしが聖なることを、学び損ねたのだ。
わたしはお前に言ったはずだ。
わたしの言葉に従うなら、必ず約束の地にみちびこうと・・・』
モーセとアロンは乾いた地にへたり込むように膝をつき、両手をついた。
ゆるゆると目の前がぼやけてくると、深く刻まれた両の目じりから、ぽとぽとと涙が流れ落ちた。
それから、
腹のそこから、ごぼごぼと湧き出て止まない涙を、ぐっと唇で抑えると、彼らは喜びわめく民を背にして、会見の幕屋に戻っていった。
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カデシにいる間に、モーセはエドムの王のところに使いを出した。
エドムの祖先はエソウとヤコブなのです。
それで使者はこう言いました。
「王様、私どもとあなた様の祖先は兄弟でした。
わたし達の先祖は事情があって、エジプトへ行き、奴隷にされてしまいました
しかし、あまりの苦しさの中から、神様に祈ったところ、神様が助けてくださって、エジプトから出ることが出来ました。
今はこの隣のカデシにテントを張っています。
どうかこの国を、通り抜ける許可を頂きたいのです。
農地を荒らさないように十分気をつけます。
もちろん、井戸水も飲みません。
どうしても必要な時は代金をはらいます。
ただまっすぐ通り抜けさせてください。」
しかし許可は下りませんでした。
それどころか、国境には大軍を配備され、守りを強化されてしまいました。
それで民は、カデシからホル山に移りました。
『彼の息子、エルアザルを連れて、ホル山に登りなさい。』
二人にはそれが何を意味するのか分っていました。
だからアロンは自分の身の回りを黙々と整理し、それぞれ息子たちに伝えるべきことを伝えました。
そうして、親しい人たちと別れの挨拶を交わすと、息子エルアザルを伴って山に登りました。
遠ざかってゆく三人の後姿を追いながら、アロンが死ぬなんて民には信じられませんでした。
山の頂で神様を礼拝していると、神様が語り掛けられました。
そのお指図に従って、モーセは、アロンの着ていた大祭司の服を脱がせました。
そして息子エルアザルにそれを着せました。
新しい大祭司の誕生です。
儀式は終りました。
すると、まるで夢見るようにアロンは息を引き取ったのです。
二人はアロンのなきがらを丁寧に葬ると、黙って山を下りました。
下山した二人の姿を見て民は悟りました。
アロンが本当に死んだのだと・・。
民は騒然としましたが、それから30日間喪に服したのでした。
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