ピヨピヨひよこ日記

自分流に聖書を読んでいます。

聖書を自分流で読んでいます。

王よ、あなたがその人だ!!

ダビデはナタンに向かって怒鳴っていた。
 
「その者はその罪のゆえに死ぬべきだ。かつ、子羊を4倍にして償うべきだ」

預言者ナタンの話によれば、
ある町に富める者と、貧しき者がいた。富める者の家に客が来たのだが、彼は自分の財産を惜しみ、貧しき者の羊を取り上げて、ほふりて客をもてなした。その羊は貧しき者の唯一の羊で家族のようにかわいがり、その者の懐で休んだ羊だった。

ナタンはジッとダビデを見つめ、おもむろに立ち上がった。
   
「王よ。それはあなただ。
ダビデよ、聞くが良い。私はお前を羊飼いのときに召し、サウルの手から守り、油注いでイスラエルの王とした。お前の住むべき家も妻たちもお前に与えた。
足りなければ、私がお前に与えたのにお前は私をないがしろにし、己の裁量でヘテ人ウリヤの妻を奪い、王の権威を利用してアンモン人の剣の下にウリヤを置いた。
ゆえに、お前の家とお前の上に災いを下そう。お前は隠れて悪を行ったが、私は真昼の太陽のもとで公然とそれを罰しよう。お前の妻たちは、隣人と寝る」


胃の腑からずず〜っと、突き上げてくる罪の意識にダビデはよろめき青ざめた。それは、あの夜から、徐々に熱を持ち膿み蓄え、じくじくと不愉快な痛みを生じさせていた。その膿の頂点にナタンは鋭いメスを入れた。熟しにごった生ぬるい血が、ダビデの内で破裂した。彼はその悪臭の膿の中で叫んだ。

「おお、そうです。私は主に罪を犯しました」

その言葉と共に、ダビデの体からこわばりが溶けていった。ナタンは鋭くダビデを見つめていたが、その芯からの悔い改めを見てとって言った。

「主もまたあなたの罪を除かれました。あなたは死ぬことはないでしょう。しかし、主を侮った罪は重い。バテシバの腹の子は死ぬ」

ナタンが去るとそれが合図でもあるかのように、バテシバは苦しみだし、難産の末に男子を出産した。額にべっとりとへばりついた髪の毛を掻き揚げる気力も失せて、バテシバはぐったりとベットに沈んでいた。その横に、しわくちゃな赤い布切れのような赤ん坊が置かれていた。
ダビデの視線を感じて彼女はとろりとまぶたをあげた。
子を授かった女の喜び、それは今の彼女の瞳には欠けていた。
彼は彼女のそばにゆき、哀れみをこめた深みのあるまなざしを彼女に注ぎながら、労をねぎらった。
赤子に回した彼女のほっそりとした腕を取ろうと手を伸ばすと、赤い布切れが動いて、ダビデの人差し指を握り締めた。

「お前だ!お前の罪によって授かった私の命。それゆえに、その罰によって私は死ぬのだ」

しわだらけの指先、お情けのような爪、それがダビデの心臓に食い込んだ。
彼はあわてて指を引いたが、その枯れ木のような塊からは想像も出来ない激しい力が、ダビデを離さなかった。
一瞬ギョッとして、ダビデは凍りついた。
どうやって幼子の手から逃れたのか・・気づけば彼は、自分の部屋のイスに体を投げかけていた。
あの幼子の指の感触が、熱く、烙印のように残ってて、
ひりひりと彼の人差し指を締め付けていた。。

あの子は死ぬのだ。私の犯した罪のゆえに・・・それにしても、私が父親だと、あの子にはわかったのだろうか?
ああ、許してくれ!
生きたいと願う幼い魂の叫びをも感じてダビデは立ち上がった。

彼は身を清めると、神様の前にぬかずいた。ダビデの悲痛な叫び、祈り、呻き、出来ることなら、この命と引き換えてもかまわないと願った。ダビデの家の者たちは戸惑った。

何とかして彼に食事を取るようにと勧め、その手を持って起こそうとしたが、体は鉛のように重く、床に伏したそれはびくりともしなかった。

「神よ、わたしの不義をことごとく洗い去り、わたしの罪からわたしを清めてください。ヒソプをもって、わたしを清め、わたしの不義をことごとく拭い去ってください。
あなたの救いの喜びをわたしに返し、自由の霊をもって、わたしをささえてください」*1

七日目になって、ダビデは頭を上げた。何かがストーンと落ちたのだ。そして彼の世話をする者たちの嗚咽を聞いた。彼は部屋を出た。体を清め、身だしなみを整えて言った。

「さあ、食事をとろう」

家来たちは顔を見合わせ戸惑いながら言った。

「王様、あなたのお子が亡くなられました」

「そうだ、あの子は亡くなった。私が罪を悔い、神様に嘆願しても避けられなかった。この上何が私に出来るだろうか。あの子は死んだ。死者の命を取り戻すこと、それは、私の祈りなどでは出来ないことだ。
精一杯やって、なおかつかなわないことにはこだわるまい」

ダビデは悲しみにくれる妻バテシバを抱きしめた。一回りほっそりとした彼女のうなじが愛おしかった。二人して泥沼の中をさ迷い、幼い命を犠牲にして与えられたこの命、努々おろそかにするまいぞと、彼はその腕に力をこめた。
夫を失い、不義の中で身ごもった子は、その命の火を消した。
彼女にはこれで思い残すことは何もなかった。
後は自分の手で、この汚れた心を体を抹殺するだけだった。思い詰めた彼女の、赤くはれ上がったまぶたは乾く暇もなく、その心はズルズルと、底なしの沼に引き込まれていった。
ダビデはそんな彼女を気遣って、足繁くバテシバのもとを訪れ、優しい言葉をかけねぎらっていた。
沈みゆく自分に向かって辛抱強く差し伸ばされていた手、その手はウリヤのようでもあり、ダビデのようでもあり、彼女は迷っていた。
   
「まあ、今日はお顔色がよろしいですよ」
「髪の毛の艶は以前よりもつややかになられましたね」
「今日はカーテンを開けて、外の風を入れましょう」
「あら、珍しい小鳥の声!」
「庭に咲くあの花はなんでしょうね」
「さあ、あと一歩、窓辺にお寄りなさいまし、素敵!! ドレスが陽を浴びて、お肌の色もぐっと映えます」
「バテシバ様、あなた様にはこのドレスがよろしいですわ。髪飾りはこれを、口紅は・・・そうですわねぇ、この色などはいかがございましょう?」

 
その日を境に、閉ざされていたバテシバの心の戸が、涙と共に緩んだ麗しい日でした。

彼女はダビデの子を再び身ごもった。

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*1:詩篇51篇は預言者ナタンが来たときに詠んだもの