『エホバ大風をもてエリヤを天に昇らしめんとし給ふ時・・』
その『し給ふ時』とは、それは預言者仲間には知らされていたのでしょうか?いたのでしょうね。
べテルで、預言者のお喋りさんが、
「わし知ってるでぇ〜〜」
と、軽率にエリシャに擦り寄ってきたのですもの。
ただひたすらエリヤに目を向け、魂も神経もすり減らすようにして、刻々と迫りくる別れに備えるエリシャ。
その彼にその言葉と、態度は、ザラリと不愉快な感触を心に与えた。寝食を共にし、ひたすら師の後を踏まんと、修練に明け暮れた蜜月は、決して甘くはなかったが、充実していた。今や、二人の間に他人の入る隙間などないのだ。
と、エリシャは思っていたから。
エリヤはまた神様の御声にしたがってエリコへと足を向けた。
エリコと言えば城壁でしょう!
スパイ?
遊女ラハブ?
地震?
ヨシュア?
どれもなじみの言葉。
アンモンに遣わされたダビデの使者が辱めを受け、ひげが伸びるまで留まった町でした。*1
無知からか無視してか、無理してか、エリコの町を建て直そうと体を張ったべテル人ヒエル。彼は大切な息子二人を失った。
「この町を再建しようとする者は息子二人を失う」
とヨシュアは両手を天に向けて予言しましたが、オムリの子アハブがイスラエルの王だった時、悲劇は現実のものとなりました。500年も前になされた予言だったのにね。
あ! 町の入り口が見えてきました。
だれやら手を振っています。仲間の預言者たちが出迎えに出ていました。そして、やはり、エリシャに言う者がいました。
「今日、あなたの師が主に取られるのを知っていますか?」
「ええ、知っています」
またか! 心の中でつぶやきながら、ついエリシャの口調はきつくなった。
それからエリヤはヨルダンに導かれた。彼の足は衰えなかった。エリシャも行くっきゃありません。ひよこだって。たとえ火の中水の中・・離れないで付いて行くっきゃありませんね。
乾燥した土埃の中を進んでゆくと、涼やかな湿気を帯びた風が二人を迎えた。音も無く流れるヨルダン川。その流れを見ているだけで、旅の疲れも溶かされてゆくようだった。
しばらくゆっくりと、川に沿って足を運んでいたエリヤ。その足がようやく止まった場所は、獣道のような細い道が、川岸に向かって伸びている場所だった。
こんな所でどうなさるのだろう?
ゆるゆると続く小道を覆う雑草。それを掻き分けながらエリシャは思った。
木陰を探して休まれるのかな?
エリヤの足が止まった。滔々と流れる水が今にも彼の足を濡らしそうだ。エリシャはまぶしそうにエリヤの背を見つめた。彫像のように押し黙ったままの二人。
おい、どうしたんだ。川岸に突っ立ったまんまだ。川を渡らないのだろうか?渡るとしても、もっと別の場所を、お二人には、教えてあるはずだが?
エリコからは、50人ほどの預言者たちが、遠慮がちについて来ていた。
エリヤはその首をすこし動かした。主の使いが彼の耳に何か囁いたのだろうか。彼は外套をとった。裾をくるくるとまるめた。それで川面を叩いた。バシャリと鈍い音がして、川魚が跳ねた。
あ!!
エリシャの口から声が漏れた。彼の右足が無意識に脇に伸びた。体を捻じ曲げるようにして、眼前のエリヤの脇から首を伸ばした。
「こ!これはぁ〜〜・・・・・」
大きく見開いた目に、川底が見えた。
水は!水は何処だ!!
黒々と光を帯びていた土は、たちまちにして乾き、ジグザグに亀裂を入れて、まっすぐに対岸へと続いていった。
エリヤは躊躇せずに、乾いたそこに足を下ろした。エリシャの足は、幾度も転びそうになりながら、それでも、エリヤの後を追った。
預言者の群れがわらわらと駆け寄ってきて、乾いた川底を見たのは一瞬だった。彼らとエリヤたちを遮断するかのように、水が、流れが、割り込んできた。
彼らは、驚きと恐怖に駆られて、土の上にへたり込んだ。
その昔、ヨルダン川を渡った先祖たちのことを思い出し、導かれた全能の神様を思って、彼らはひれ伏した。
頭上には、雲ひとつ無い空が弧を描いて横たわり、彼らを包み込むように広がって、太陽の光が優しかった。
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*1:サムエル下10:5