ピヨピヨひよこ日記

自分流に聖書を読んでいます。

聖書を自分流で読んでいます。

親から子へと

全能なる神は言われる。私と契約を結んだ民よ、意味のない、形だけの礼拝を私は忌み嫌う。私は怒ってあなたを責める。私をないがしろにし、偶像に走ったからだ。悩みの日には私を呼べ、私はあなたを助けると主は言われる。

あなたの誓いを高き者に果たせ。そうすれば心からの感謝のいけにえを捧げることができる。神を崇め身を慎む者に、私は神の救いをしめそう詩編50篇

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詩編にはアサフ、へマン、エドトン(エタン)の作詞したものがいくつかあります。

彼らはダビデの時代を共に生きた人たちです。そんな彼らにとって、忘れられない出来事がありました。

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イスラエル第2代目の王となったダビデは、国政が安定すると「神の箱(契約の箱」を首都エルサレムに置きたいと切に願うようになりました。 

「神の箱」とは、出エジプト後、シナイ山で「十戒」を刻んだ石板を神様からいただきましたが、それを収めて運ぶための箱です。*1

礼拝のための「幕屋」の設計図も与えられました。それにともなって、特別に選ばれたのがレビ族でした。レビ族はヤコブの12人兄弟のうちの一人です。その中から特別にモーセの兄アロンを大祭司とし、その子供たちは祭司として選ばれ、礼拝を司ることとなりました。それは世襲でした。あの幼子サムエルの宗教教育の親となった大祭司エリの祖先です。他のレビ人*2も「神の箱」の管理運搬等を任されました。アサフ、へマン、エドトンの祖先もその中に含まれていました。

 

荒野での40年間「神の箱」は常に行列の先頭に立ち、民を導きました。宿営するときは幕屋を張ってその中に「神の箱」を置き、大祭司アロンの指導のもと、礼拝が捧げられました。

 

カナン定住後は、シロに安置されました。大祭司エリの時代には戦場に担ぎ出され、ペリシテに奪われました。それから7か月間ペリシテの地にあったのですが、色々と災難が続き、イスラエルに返還されました。

それでバアル・ユダのアビナダブの家に20年間、置かれたのです。20年は長いですね。

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ダビデ王は国事として「神の箱」を首都エルサレムに運び入れることにしました。しかし、途中で事故ってしまいました。手続きに不備があったのです。死者も出ました。そんなわけで、ダビデ王もビビって、首都搬入は頓挫しました。

 

事故後は、近くのガテ人オベデエドムの家に運びこまれました。そこに3か月間置かれましたが、その間、その家は祝福されました。その祝福をダビデは聞いて動きました。今度こそはと、満を持しての運搬です。

その日のために、イスラエルの主だった人たちが招集されました。運搬順路の両脇は、首都エルサレムに新設された幕屋の入口まで人で埋まったのではないでしょうか。

 

この時、アサフとへマンとエドトン(エタン)は、青銅のシンバルを打ち鳴らし、行列を華やかに盛り上げ、神を賛美しました。

ダビデ王は大はしゃぎでした。周りの者も王様に感化されて、夢中で歌い踊りました。しかし、それを見たミカル王妃は「イスラエルの王様のすることか、はしたない!」となじりました。何しろ王妃様は初代イスラエルの王サウルのお姫様でしたから、プライドが許さなかったのでしょう。方や王様は羊飼い。そんなこんなで夫婦仲は冷えたようです。

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でも王様の心は、ますます神様を賛美し燃え続けました。

ダビデ王様は、改めてレビ人の中から礼拝賛美の係を任命しました。アサフ、へマン、エドトンの祖先は、幕屋のもろもろの務めに任じられていましたが、もはや幕屋をたたむことも「神の箱」を担いで移動することも無くなりました。彼らは心配していたのです。でも失職することもなく、三人とも「神の箱」の前で賛美する務めが与えられました。ダビデ王様のおかげです。

楽長はアサフで、アサフの兄弟へマン。それから王の先見者でもあり指揮者でもあるエドトンも選ばれました。三人とも楽器も歌も作詞作曲も得意でしたし、預言もしました。

主に感謝せよ!主は恵み深く、そのいつくしみはとこしえに耐えることがない

その日は、何度も何度もこの曲が奏でられ、賛美したことでしょう。

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その後です。ピカピカの宮殿と幕屋を見比べてダビデ王は言いました。

「神殿を建てたい」

神さまはダビデ王の願いを退け、息子ソロモンにゆだねられました。

ダビデ王様の凄いところは、そんなことでがっかりなさらないことです。よし、それならと、準備万端整えて、息子ソロモンに引き継ぎをして亡くなりました。

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ダビデ王の在位40年間は、波乱にとんだものでしたが、常に神様を見上げて歩み続けた戦士でした。ダビデ王の葬儀の時にはアサフもへマンもエドトンも、故ダビデ王を惜しみつつ、感謝しつつ、声高らかに神様を賛美したことでしょう。

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ソロモン王が父ダビデ王の遺志を継いで神殿を建てたときも、父の定めに従って、祭司と賛美する者と神殿の蔵の管理をする者を定めました。そして毎日、祭司はその持ち場に立ってラッパを鳴らし、レビ人も祭司の前に立ち、ダビデ王が感謝するために造った楽器で主を讃えました。

(続く)

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*1:後に、金のツボに入ったマナとモーセの兄アロンが使用した不思議な杖も入ります

*2:祭司の中の階級。大祭司、祭司、レビ人