ゲダリヤ人気が高まれば高まるほど、ぎりぎりと歯ぎしりする人もいました。
「総督暗殺」
まがまがしい言葉が、親衛隊ヨハナンと軍の長たちの所に飛び込んできました。
「なに!
王族の一人「イシマエル」が、暗殺計画を立てている?」
親衛隊のメンバーはその極秘情報に驚き、すぐさま総督ゲダリヤのもとに走りました。
「暗殺計画?
ははは、私を殺して何になるというのだね。
考えすぎだ。」
「まってください。あなたは私たちの要。
祖国を立て直し、神殿再建の拠り所です。」
「王族の一人であるイシマエル様が、国土再建を推し進める私を、拒む理由がないではないか。
それに、総督になってからは、密に連絡を取り合っているのだぞ。」
「でも・・」
「この話はもうお終いだ。
今は同胞間の信頼が一番大切なのだ。
イシマエル様ご自身が、切望していることだ。」
ゲダリヤは親衛隊の言葉を聞き流しました。
「私の家系は何代にもわたって宮廷に仕えた家柄。
私も高官として働いていたし、イシマエル様とは親しい間柄だ。
その彼が裏切る?
まさか!」
親衛隊とのこんな会話が、ゲダリヤの脳裏から薄れた頃のことです。
イシマエルから、秘密の相談があるので‥と誘われたのだった。
ゲダリヤが指定された部屋へ行くと、イシマエルが一人、椅子に座っていた。
ゲダリヤの姿を見ると、彼は慌てて立ち上がって彼を出迎えた。
「さあ、総督ゲダリヤ様、こちらのお席にどうぞ。」
「待ってください。
二人だけの時は「総督」は無しでしたよ。
世が世ならあなたは・・・」
ゲダリヤはそう制しながら席に着いた。
殺風景な部屋だった。
「ご相談とは?」
忙しい身のゲダリヤは話を急いだ。
「まあそういわず、一献どうぞ。」
コップに注がれたワインの色は赤かった。
鼻孔をくすぐる甘やかな香り。
口に含むと甘みと酸味が入り混じって一瞬目を閉じた。
ごくりと飲み干すと渋みと苦みで目を開けた。
苦みが強いな。
ゲダリヤはコップを置きながら思った。
そんなゲダリヤを見つめるイシマエルの目が、キッと鋭く光り、唇がゆがんで震えだした。
唐突に彼は席を立った。
と同時に、
ドアが無造作に開けられ、どたどたと数人の兵士が武器を持って入って来た。
「こ、これは!!」
ゲダリヤは飛び跳ねるようにして席を立った。
ガタリと椅子が倒れた。
両のこぶしをぶるぶる震わせながらイシマエルは言った。
「ゲダリヤ!お前が総督だと!この国を立て直す者だと!よくも私を差し置いて言えたものだな。私こそ、この国を立て直すことのできる者だ。私の支援者にはアンモンの王バアリス様がいるのだ。」
ゲダリヤは一瞬、親衛隊の言葉を思い出した。
「暗殺計画があります。
「首謀者はイシマエルです。」
ああ、部下の言葉を‥
ゲダリヤの脳裏に部下の顔が走馬灯のように現れて、ぱたりと途切れた。
翌日は雲一つなく晴れ渡った気持ちの良い朝だった。
総督暗殺はまだ発覚していません。
静かです。
そんな町に、80人もの巡礼団がシケム、シロ、サマリアからやってきました。
その昔、ヨシヤ王の宗教改革により、地方の偶像に汚染された聖所が破壊され、エルサレムのみが公認の礼拝の場となりました。
そんなわけで、
北からの巡礼がなされるようになったのです。
崩れ落ちた神殿跡地にやって来るなんて・・・皆さん信仰熱心です。
信仰のシンボルを破壊されて悲しみに暮れる彼らは
「ひげをそり、衣服を裂き、身を傷つけた姿」になってやってきました。
彼らは言いました。
「総督ゲダリヤ様に会いたい」
驚いたのはイシマエルです。
総督殺しで神経過敏になっていたイシマエルにとって、これは計算外のハプニングです。
迷った末に、一芝居打つことにしました。
イシマエルはゲダリヤの名を使って彼らを迎え入れ、彼らの悲しみに同感するかのように泣いて見せました。
そうして安心させた上で、殺害しました。*2
80人のうち70人は殺され、機転を利かした10人は持ってきた食料を差し出して、命乞いをして助かりました。
それからイシマエルは、ミツパに残っている民をすべて捕虜にしました。
アンモンの王様への手土産です。
しかし事の発覚後、軍の長たちの行動は素早かった。
すぐ逃亡したイシマエルの後を追いました。
その結果、
ミツパから捕虜として連れ去られた人びとを、救出することに成功しました。
イシュマエルはたった8人の家来と共に命からがら、アンモン人のところに逃げ延びました。
イシマエルを捕まえることが出来なかったのは残念ですが、捕虜を解放できたのはよかったですね。
ところがその後、
事態はとんでもない方向に転じて行きます。
あろうことか、エレミヤが側杖を食うことに・・😿