ミカヤは二人の王の前に出ると、いんぎんに頭をたれて、挨拶をした。
「ミカヤよ、われらはラモテ・ギレアデと戦って、勝算はあるか、ないか」
ミカヤはニコリと笑って言いました。
「大勝利、間違いございませんぞ。神様が助けてくださいますから」
アハブは一瞬面食らった。
今まで一度も、他の預言者と同じことなど言ったためしがありませんでしたから。それで彼は忌々しい思いで言いました。
「わしを愚弄するのか?真実のみを語れ」
「よろしいのですか?
実は、『王は死んだ。民を家に帰らせよ』と言われました」
「ふん、そんなことだと思った。もうよい」
アハブはこんな男を呼ぶのではなかったと思いながら、隣に座っているヨシャパテ王に言いました。
「どうです、ご覧のとおりですよ。いつも悪いことばかり言って、私が喜ぶようなことは言わない」
そのときミカヤは言葉を継ぎ足しました。
「これには続きがあります。神様は天の軍勢に向かって言われます。
『アハブをそそのかし、ラモテ・ギレアデに戦いを挑ませ戦死するように仕向ける者はいないか?』
すると、一人のみ使いが名乗り出た。
『やりかたは?』
『アハブの預言者全員にこの戦いは大勝利です。と言わせます』
『おおそうか。その方法でやってみよう』
それでみ使いが偽りの言葉をみんなの口に授けたわけです。ですから私も『勝利は間違いなし』と言ったわけなんです。
あなたはイスラエルに偶像をもたらし民の心を真の神様から引き離した。その罪は重い。あなたの死をもって、償うのだ!」
突然、ミカヤの体が横っ飛びにすっ飛んだ。左ほほがジンジンと熱くなり、グワ〜ン、グワ〜ンと耳の奥で音が響いた。
ケナアナの子ゼデキヤ。彼のビンタがミカヤを襲ったのだ。彼はミカヤが来る前に、鉄の角を造って
「これで勝利します」と宣言していた。
ミカヤは腹に力をこめ、哀れみのこもった眼差しでゼデキヤを見つめた。
「もうよい。ミカヤを捕らえ、わしが戻ってくるまで、牢屋にぶち込んでおけ」
「王よ。こんどの戦から帰ってこられるとお思いか?ならば神様は、あのようなことをお告げにならなかったはずだ」
ミカヤは唇から流れる血を手の甲で拭った。
「だまれ、だまれ!!」
屈強な男が大声で怒鳴りながら、その片手を捻じ曲げた。びりびりと張り裂けそうな痛みを感じながらも、ミカヤは、そこに集まっていた人々に叫ぶように言った。
「民よ。 私の言葉を忘れるな!」
いつの間にか玉座は空になっていた。それを知ると、人々のざわめきが一時高くなり、そして人の気配が消えた。
血溜りの中で足を取られながら、アハブ王は妻イゼベルの体臭を感じた。彼女のおかげで国は偶像に満ち、たくさんの主の預言者たちが殺された。
しかし・・・
かわいい女だったと彼は思った。
ミカヤめ。憎いやつだったが、お前は真の預言者だった。
わしは死ぬのだな。民はその帰るべき道を見つけ出せるのだろうか・・
アハブの首が力なく前に傾いた。
イゼベルは・・・・
彼の頭の中に、何か大きな塊がグワッと広がった。夕日が鮮やかな血の海のようにあたりを満たし、音もなく闇が迫ってきた。
美貌の女にほれ込んでしまった王様の目は、曇ってしまって、彼女の恐ろしさを見抜くことができなかったのでしょうか?夫を亡くした女は、「息子命」「娘命」「我が身命」と見境もなく罪の深みに転がり落ちてゆくのですが・・・。
アハブは薄れ行く意識の中で、イゼベルのその後を思ってか、プルプルと体が震えて息絶えたのでした。