ユダの王ヨタム、アハズ、ヒゼキヤの時代のことです。
モレシテ人ミカがサマリヤとエルサレムについて、神様から示された言葉。
その日ミカは荒野に座して祈っていた。
太陽は中天をとっくに過ぎて、徐々に彼の体を朱色に染め出していた。
群雲が沸き上がり、まだらな光の中から、突然、閃光が走って、ミカは顔を覆った。その時、閉じられた瞼の奥に、はっきりと焼き付いた映像がこれだ。
神様が来られる!!
ああ、神様が天の御座から立ち上がり、高き山々を踏みしめて、地上に降りてこられる。
お怒りなのだ!
その御威光とお怒りのゆえに、踏みしめられる地は炎となって燃え上がり、谷底目掛けて駆け下ってゆく。
なぜ?なぜなんだ?!
罪だ!
イスラエルの罪だ。
どんな罪だ?
首都サマリヤとエルサレム中心の偶像礼拝だ。
ミカは神様の裁きの恐ろしさに震えた。
その日から、ぼさぼさ髪を振り乱し、古びた着物の裾をたくし上げ、山犬の遠吠えのように声を荒げてとびまわるミカがいた。裁きと回復と、さらなる祝福を民に語った。
200年前、ソロモン王亡き後、国が南北に分裂した。北王国初代王ヤラベアムは子牛礼拝を、そしてバアル礼拝、周辺諸国の偶像と、それに伴う儀式などなどを、彼らは無造作に取り入れていった。
神は預言者エリヤ、エリシャ、アモス、その他、多くの人を遣わし、彼らの罪を指摘し、このままでは滅ぼされると警告し続けた。そしてミカは彼らの預言の成就を目の当たりにした。
アッスリヤに滅ぼされた、北王国のこと。首都サマリヤは廃墟となったこと。バラバラに散らされた民のこと。
そして、ペリシテの国境にあったミカの故郷の町々も、踏みにじられたことも。
偶像礼拝に加えて、支配者階級はその権力をもって民を苦しめた。先祖からの土地を奪い、衣服をはぎ取った。律法違反だ。
宗教指導者たちも、物欲に目がくらんで行った。世を正すべき預言者たちの多くが偽の預言をし、都合よく権力者におもねっていた。
南ユダも同罪だ。その罪のゆえに、アッスリヤによって壊滅状態になるのだ。辛うじて、エルサレムが残される。しかし、そのエルサレムもアッスリヤを滅ぼしたバビロンの勢いに飲み込まれる。
「え!バビロン?その国は?」
「バビロン帝国が力をつけるのは、100年後だ。そして、アッスリヤの繁栄は終焉を迎える」
北王国を滅ぼしたアッスリヤは、南ユダ王国にも触手を伸ばしてくる。彼らがてこずっている間をついて、バビロンはアッスリヤを倒し、ユダ王国も手中に収める。アッスリヤが敗れ、ユダ王国が死守し続けた首都エルサレムが、バビロンの手に落ちるのだ。ユダの民は約束の地から、見知らぬバビロンの地に連れて行かれる。
神が遣わしたバビロンにだ。
ミカはイザヤが語った言葉を、唐突に思い出した。
『私たちの為に一人の男の子が与えられます。しかも、その手にすべての主権が握られるのです。その子は、「すばらしい助言者」「全能の神」「永遠の父」「平和の君」という肩書をもらいます。日増しに努力を重ね、平和を実現する彼の政治は、決してすたれません。彼は先祖ダビデの玉座につき、完全な正しさをもって支配します。世界中の国に、本物の正義と平和とはこんなものだと手本を示すのです。(リビング訳イザヤ9:6~)
なんだ?なんだ?目の前の靄が薄れて行く。
ああ・・・ミカは頭を両手でかきむしった。
しかし今は違う。違うのだ!!
遠くバビロンへ追放される。ああ、シオンの住民よ、激しい苦痛に、身もだえして呻け。お前たちはこの町を出てゆくのだ。
しかしそこで、神様はおまえたちを救い出し、敵の手から解放する。必ず帰還できる。神様のお言葉だ。信じるのだ。信じて、その地で力を蓄えよ。その日の為に、希望を持て。
『ベツレヘム、エフラテよ。おまえはユダの小さな町に過ぎないが、永遠の昔から生きておられる王が生まれる地となる。
その時、イスラエル国民は、そっと降りる梅雨や待ちに待った雨のように、世界を潤してさわやかにする。彼らはもはや人に望みを置かない。イスラエルはライオンのように強くなる。その前で、世界の国々は、まるで羊のようにおとなしくなる』
ミカの唇は熱く熱して、フルフルとうわごとのように言葉があふれだした。永遠に生きておられる王とはどなたのことか?
ああ頭が割れそうだ。
ミカはぶるると頭を振った。
神様は言われる。正直者を探すのは困難だ。正しい人は地上から消え、残っているのは悪人ばかり。
彼らの手口は巧妙だ。政治家も裁判官もわいろを求め、金持ちは彼らを買収し、邪魔者を消す相談をする。
ああ、彼らを裁く日が近づいている。矢のように迫っているぞ。混乱と破滅と恐怖が、お前たちを縛り付け、罠にはめる。誰も信じられなくなる。敵が家の中にまでいるから。
ミカの一日の終わりは、決まって荒野だ。
太陽の匂いをいっぱい吸収した土の上に座ると、すっと疲れが消えてゆくのだ。
無関心の民の間を駆け巡った後、彼の意志はさらに強まっていった。
「そうだ、私は神様の助けを待ち望む。
敵よ。喜ぶのは早い、私は倒れてもすぐ起き上がるからだ。闇が私を取り囲んでも神様は光だ。今は自分の罪のための罰を粛々と受けよう。神様が、懲らしめのために送り込む敵、アッスリヤの脅威を受けよう。
私たちの神様は祈りを聞かれる方だ。
奴隷の地エジプトから導き出された主だ。
砂漠の地での様々な不足を満たされた主だ。
そして先祖アブラハムになさった約束。
これらを決してお忘れにならないお方だ。
無関心の民も、捕囚の苦しみの中でもまれ濾されて、誠の民が残るのだ」
雨粒が一滴、ミカのほほに落ちた。
それが引き金になったのか、ミカの双眸から滂沱のごとく涙が溢れた。彼はそれをぬぐおうともせず、弱弱しい夕日の中に立ちすくんでいた。
一陣の風が光を運んできた。彫像のようにビクリともしないミカに、その日最後の光が彼をとらえた。一瞬、彼の影は、長く長く伸びた。それは、未来の祝福をつかみ取ろうとするかのようで、力強かった。
・・・アブラハム契約
主はアブラム(アブラハム)に言われた。
わたしはあなたを大いなる国民とし、あなたを祝福し、あなたの名を大きくしよう。あなたは祝福の基となるあろう。(創世記12:1~)