不気味な地鳴りが聞こえる。
ハバククは身を震わせた。
カルデヤ人(バビロン)の侵入、その蛮行の数々が耳に入ってくる。
わが世の春を謳歌していたアッスリヤをも揺り動かす勢いだ。
虎視眈々とアッスリヤからの独立をもくろんでいるバビロン。
ユダ王国もバビロンを恐れていた。
預言者たちはバビロンを恐れるなと叫び続けた。
しかし、次々と入ってくる蛮行の数々に王も民も震えた。
王はヨシヤ王の後を継いだエホアハズ。アッスリヤの力が弱まったとき、彼がエジプトに助けを求めたとしても自然の流れだった。もう預言者の声は届かない。
エホアハズ王はエジプトから嫌われたのか、エジプトへ連れ去られて、そこで亡くなった。
後を任されたのはヨシヤの子エリアキム。しかし名前をエホヤキムと改名させられた傀儡王だった。
預言者エレミヤはあの手この手で、神様の御計画を伝えた。「バビロンに逆らうな」と叫び続けたが焼け石に水。それどころか、後には反バビロン派に、エジプトへ連れて行かれ、行方不明になってしまうのだ。
ハバククは目まぐるしく時代が変化してくる中で、一人、神様と対峙していた。
濃いひげが顔中を覆ていた。その奥の双眸は鋭く、ぎらぎらと光を放ち、一見、狂人のようにも見えた。着古したマントの裾はちぎれ、膝頭の辺りは穴が開いていた。
彼には不思議でならないことがあった。
「選民」と言う肩書の上に安心しきっている民。その民の生活は、その肩書とはほど遠いものがあった。律法は忘れ去られ、指導者は自分の欲望に従っていた。貧しい者はますます貧しくなり、富める者はさらなる搾取の方法を探していた。
神様はこのような民をいつまで放置されるのだろうか?
一人、祈り場で格闘するハバククは、「なぜ神様は、哀れな民を助けてくださらないのですか」と、呻いていた。
暑い、喉が渇く、水を・・・ぐらりと体が傾いた。
朦朧とする意識の中で渇望した神様のお声が聞こえてきた。
「私はこの民の罪を許さない。お前も知っているように、アッスリヤにかわってカルデヤ人を起こす。
彼らは世界を踏みにじり、国々をやすやすと征服してゆく」
ハバククは下げていた首をびくりとさせ、上半身を起こした。
そして、ずきずきする頭をもたげ、上ずった声で叫んだ。
「神様、ユダが罪深いことは重々わかっています。
王が偶像に首を下げていることもわかっています。あなたのお言葉を取次ぐ預言者の言葉など馬耳東風。略奪と暴虐で人々の心も生活も悲鳴を上げています。
あなたのおかげでアッスリヤの力がそがれ、カルデヤ人が世界の覇者になるのですか?
しかしそれでは、
選民の苦しみがアッスリヤからバビロンへと、鞍替えしただけではありませんか?
神様、あなたは私たちの悪を正すために、さらなる悪しきバビロンをおもちいになるのですか?彼らは暴虐と戦略にたけた偶像崇拝者です。そんな悪しき民によって、私たちは滅ばされるのでしょうか?」
ハバククの体が斜めに傾いて彼の意識は暗闇の中に沈んでいった。
次の日、ハバククは畑の中に点々とある見張り台に上った。
収穫期になると、どこからともなくやってくる略奪隊に備えて作られたものだ。
見張り台に立つと、心地よい風がふいてきた。その風に乗って神様の声が聞こえてきた。
「さあ、板に私の言葉を刻め。後の人々にも私の働きを知らせるのだ。
私の計画は必ずなる。遅くなることはあっても失望するな。悪人は必ず滅びる。しかし私に信頼する者は生きるのだ」
+*+*+*+*
口語訳には「災いなるかな・・」
リビング訳では「・・のろわれよ!」とバビロンを嘲笑しています。
「強盗ども。とうとう年貢の納め時だ。人を苦しめ、かすめたりした当然のむくいをうけろ!」
『不正な手段で富を得ながら、自分だけは災いから逃れようとしている。そういうおまえは、*****!」
『流血と強奪で得た財貨で、町を築き上げようとしている。そういうおまえは、*****!』
『まるで酔っぱらいをこずくように、近隣の国々をよろめかせ、その裸の姿を眺めて、楽しもうとしている。そういうおまえは、*****!』
『いのちのない木の偶像に救いを求める者も、もの言わぬ石に教えを請う者も、*****!』
+*+*+*+
「ふ、ふ、ふ、ふっ。ははははは!(* ´艸`)
私たちの信じる神様は生きておられる。全地はその御前にひれ伏すのだ!」
久しぶりに腹をゆすぶって空を仰いで笑った。涙が込み上げてきた。
ハバククとは(喜び迎える)の意味。まさに今この時、彼は自分の名にふさわしい心境に至ったのだ。
いそいそと身を清めて宮に向かった。歩きながらも喜びの賛美が口をついて出て、その足取りは軽やかだった。
「ああ神様、あなたの御計画をお聞きしました。
どうぞ速やかに行われますように。
私は粛々とそれを受け止めます。
どうかその時には、か弱い民に哀れみを。
出エジプト、紅海で、またシナイ山での十戒。荒野での40年間をへて約束の地へ。
あなたはいつも私たちを見守り導かれました」
ハバククの口に、次々と新しい歌がわいきた。
『イチジクの木は花咲かず、
ブドウの木は実らず、
オリブの木の産は虚しくなり、
田畑は食物を生ぜず、
おりには羊が絶え、
牛舎には牛がいなくなる。
しかし、わたしは主によって喜ぶ。
主なる神はわたしの力であって、
わたしの足を雌じかの足のようにし、
わたしに高いところを歩ませられる』
そうだ、礼拝の折には、琴の音に合わせて、聖歌隊に歌わせよう。
ハバククの足捌きはますます早くなり、小走りになっていた。
「義人は信仰によって生きる!
義人は信仰によって生きる!
ハレルヤ!主よ感謝します!』
あふれ出る賛美を口走りながらハバククは走った。
もっともっと早く、主のみ前に静まって賛美をしたい。
賛美をしたいのだ!
いつの間にか風が吹き荒れて砂塵が舞い上がっていた。その中をハバククはずんずんと進んでいた。