バビロンの親衛隊長ネブザラダンは焦っていた。預言者エレミヤを連れて来るようにと部下に命じていた。時間が掛かりすぎる。
これは王ネブカデレザルからの厳命。王はエレミヤに好意的だった。
預言者エレミヤが「バビロンに降伏せよ」と終始一貫して人々に語っていたことを、先に投降した親バビロン派の人たちから聞いていたからだ。
そんなわけで、ネブザラダンが親衛隊長として任命を受けた時、「預言者エレミヤを保護せよ」と下命されていた。
壊滅的打撃を与えた都エルサレム。そこから降伏した者や、抵抗虚しく捕まった者、その他の残党を一括りにして、ラマまで連れて来ていた。その中から預言者エレミヤを探しだすのだ。
太陽は大きく傾きだした。
「まだか!まだなのか。預言者は何処へ行ったのだ」
やきもきする彼のもとに吉報が届いたのは、日が暮れてからだった。
「隊長!見つかりました!
彼は、手錠をかけられ捕囚の民の中に混じっていました。今は手錠を解いて保護しています」
「よし!よくやった。預言者をここに連れて来るのだ」
この男が預言者だと?
彼がイスラエルの神の言葉を語っていたのか?
目の前に現れた白髪頭で、よれよれの服を身にまとった男。埃まみれの瘦せたその老人を見て、ネブザラダンは驚いた。
う~ん。どこから見てもただの老人?
とにかく見つかってよかった。
彼は言った。
「預言者エレミヤよ。お前が兼ねがね民に語っていたように、お前の信じる神が災いを下したのだ」
彼は燃えくすぶるエルサレムの悲惨な光景を思い浮かべながら、弁解するように言った。
「理由は、民が自分たちの神を蔑ろにしたからだと言うではないか。なんと怖ろしい神様だ。とにかく、あなたの身は自由だ。バビロンの王ネブカデレザル様が保証なさった。お前の好きな所に行くがよい」
ネブザラダンは、畏怖神の言葉を取次ぐ老預言者を見つめながら続けた。
「私と一緒にバビロンに来るなら、あなたの面倒を見よう。もちろん、他に目的があるなら、あなたの望みどおりにするがよい」
エレミヤは臆することなくネブザラダンを見上げて言った。
「ありがとうございます。私は、ユダの地に残されている貧しい民の中に住みたいと思います」
エレミヤがこう言ったのは、バビロンの王が「ゲダリヤをその地の総督とした」と聞いたからだ。
それでネブザラダンは、必要な食べ物と生活必需品と贈り物をエレミヤに持たせて、丁重に彼を送り出した。
エレミヤはこれまで、バビロン投降を薦め、その地で家庭を持ち、そこで人口を増やすようにと語って来た。
しかし彼自身はユダの地に留まることを選びました。
ゲダリヤは恩義ある人の息子。
新任総督ゲダリヤは荒廃したエルサレムを離れ、ミヅパを拠点にしました。その地から残されたユダの民の統治をすることにしたのです。
ミヅパは(見張り所、物見やぐら)という意味があり、国防の拠点でした。
聖書中、いくつかの同名の町があります。
彼が選んだミヅパは昔、忌まわしい事件があったところです。*3
老いた体に気力をみなぎらせ、まだまだ自分にできることがあると確信して、ミヅパに向かうエレミヤ。
とは言え、彼の心は複雑。
王宮があり、
神の幕屋があり、契約の箱があった場所です。
ダビデの息子ソロモンによって神殿が建設され世界中のあこがれの町でした。そして、政治、宗教、経済の中心地でもありました。
その宝石のように輝いていたエルサレム。今は見る影もなく、がれきの山と化した町の跡地からは、くすぶり続ける煙の臭いが風に乗って流れてきます。
ああ、ダビデ王朝は終わったのか?
あれこれと悲観的な思いに傾いてゆくエレミヤ。
その己に気づいて、自嘲気味に唇をゆがめるエレミヤでした。
「希望がある」
と神様はおっしゃった。捕囚の民はその地で増え広がって力を増している。
何を心配しているのだ。
さあ、前に進もう。
ミヅパに行くのだ。
エレミヤは手に持つ杖に力を込めた。
突然、背の低い木立から一羽の鳥が飛び立った。それはピロピロと鳴きながら、雲一つない空に舞い上がっていった。