ピヨピヨひよこ日記

自分流に聖書を読んでいます。

聖書を自分流で読んでいます。

ソロモンに厳しいお言葉が・・・


ソロモンは大事業を成し遂げてほっとしたのでしょうか?
彼の優しさが裏目に出てしまったのでしょうか?
それとも、年老いて気が弱くなってしまったのでしょうか、

   それはともかくとしましても、
   彼は妻たちの要求を呑みました。
   それは禁手、もっとも忌むべき事柄でした。
見てください。
エルサレムの東の山から
いくすじもの煙が立ち上っているのが見えますね。

あれはソロモンが妻たちの要求を聞き入れて建てた
異教の神殿から立ち上る煙、捧げ物の煙です。

    モアブ人の神・・ケモシ
    アンモン人の神・ミルコム、モレク、
    シドン人の神・・アシタロテ

すべての妻の信仰を許したとゆうから
他にもたくさんあったことでしょう。

エジプトからの姫君は別格で
彼女のためだけの宮殿が建てられました。

   かって奴隷としてこき使っていた民。
   それが、色々あって、
   「持ってけ泥棒イスラエル人め!」って追い出した民。
   エジプトに富と死とをもたらした民。
   その民のもとにパロ王のほうから姫君を差し出すとはね。
   特別な想いがイスラエル人の中にあったことでしょう。

ストップ、ストップ、本道を外れてはなりませぬ!!
   そんなふうに言ってくれる人たちもいたと思うのですが、

  「あなたがたは彼らと交わってはならない。
   彼らは必ずあなたがたの心を転じて
   彼らの神々に従わせるから・・」

もお、耳にたこが出来るほど言い聞かされてきた言葉。
うるさいなぁ、聞き飽きたよ。
わかってるって。

新しい時代の人たちは古い教えに背を向け、
向けないまでも、
自分さえしっかりしていれば
どんなところに身をおいても大丈夫さってうそぶくもの。

神殿建築がなった時、
ソロモンは優等生のメッセージを民の前でぶちましたが、
あれはなんだったのでしょうね。
人って、キラキラ輝く瞳がまぶしい時もあれば
生気を失って鈍くよどんでしまう時もあるもの
だとしても、
彼の立場上、個人的な事柄ではすまないのです。
     (上に立つ人は常に厳しいのだ!)

   「聞く耳持たぬ」そんな雰囲気が出来上がっていたのでしょうか。
   成功した人にはありがちなこと。

とうとう、神様がでばってきました。
   二度もソロモンに現れて警告をなさったそうですが、
   最後のお言葉は厳しかった。

    イスラエルの国を北と南に引き裂く。
    それはソロモンの死後起こる。

直ぐにでもよかったのでしょうが、
これは神様の温情でした。
ああ、何と深くダビデを愛しておられたことでしょう。
彼のゆえに、その子の代でなく、
孫の代まで引き伸ばされたのですからね。


だからでしょうか、
ソロモンが生きている間に不穏な空気は徐々に高まってゆきました。
原因は彼が情熱を傾けた様々な建築事業が関係していました。

まず重税が民を圧しました。
    税を管理する際に12部族の分割地域を無視して
    効率重視の分割方法、これがまずかった。

強制労働もまた、民を苦しめた。
    そういえば預言者も言ってましたっけ、
    「王とは民を苦しめる者ぞ」って。
    それでも、「我らに王を」と叫んだのは民でしたが・・

国内外の平和維持のための政略結婚。
    父ダビデも12部族結束を狙って、
    それぞれの部族から姫を迎えましたけど
    彼はそれをさらに推し進めたのでしょう。
    贅を極めたその王宮生活は
    民の目には毒でした。

シロから契約の箱を移した。   高原地帯のべテルの北、シロは
    長いこと聖なる礼拝の場所でした。
    契約の箱もそこで管理され、、
    北の部族の誇りであり、心の支えだった。
    ダビデによって首都が中部に定められ
    息子ソロモンはそに神殿を築き、
    そこに契約の箱を納めた時
    「奪われた」と北の民は思ったに違いない。

それでまた、人心に不満の種が蒔かれたのでした。

父子二代に渡るユダ族への優遇処置。
それは他部族の苛立つ重低音として響いていました。

王国分裂の危機は何度かありました。
サウル王の死後も、二人の王が立ったことがありましたし
ダビデの老後を脅かしたのも世継ぎをめぐる、
骨肉の争いでした。

ソロモンの時世に彼を脅かした人たち。

エドム人ハダデ・・エドムの王家の者。
         エドム人はダビデ時代に将軍ヨアブが徹底的に滅ぼしたが、
         数人の家来たちに守られて逃がれた王子様がいたみたい。

         ミデアン → パラン → エジプトへと逃避行。
                 (あ、なんか聞いたことのある地名だね。)
         時のパロは彼らを好意的に受け入れ、
         王妃の妹とハダデとを結婚させ、男の子も授かりました。

         彼らは何不自由なく暮らしていましたが、
         ダビデとヨアブの死を知ったハダデは、
         理由も告げず、パロの引止めを振り切って、
         故郷奪還の旅に出ました。

エリアダの子レゾン・主人ハダデゼルのもとを逃げた者(理由は?)
          ダビデがゾバの人たちを滅ぼした後、
          残った人たちをまとめて略奪隊の頭となる。
          ダマスコに行って、王となり、
          イスラエルを憎んでスリヤの王となる。

それにソロモンの家来だったヤラベアムも立ち上がりました。

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こうしてみると、
知恵者ソロモンのどこが知恵者なのかって思っちゃうけど
不満分子もある中で、「富国強兵」もなり、
多くの詩を残し、箴言をも書き残しました。

         といっても、
         すべてが彼のオリジナルってことではなくて、
         色々な知恵者の言葉が取り込まれているようですが・・