おいおい、遅いじゃあないか?
何があったんだ。
大祭司様はお歳を召されておられる
中で気分が悪くなられて倒れておられるかも・・
大丈夫か?
アビヤの組の祭司ザカリヤが
神殿の中で香を焚いているはず・・
彼が出てくるまで、
人々は外で祈りをしていたのだ。
しかし、予定の時刻を過ぎても彼は現れなかった。
人々のひそひそ声が頂点に達した頃、
彼は現れた。
真っ白な髭と髪、今日のための特別な衣装。
それは、入って行ったときと、なんら変っていなかった。
人々はほっとした。
彼の衣服から立ちのぼる、えもいわれぬかぐわしさは
彼が神殿の中で務めを全うしてきた証だ。
みんなは有難いお言葉を伺おうと耳をそばだて、
彼の姿を食い入るように見つめた。が、
パクパク動く大祭司の唇から声は出てこなかった。
おお!!祭司様に何かあったんだ!!
人々は恐ろしげに目をつむり、
頭に浮かぶ限りの己の罪を告白し、
災いが降りかからないようにと願うのだった。
・
大祭司の妻は、初代祭司アロンの家系で、エリサベツといった。
夫婦共に主の前に落ち度なく過ごしていたが
悲しいかな子どもに恵まれなかった。
彼女は夫ザカリヤが無事に務めをまっとうし
早く帰宅できるよう祈っていた。
そして今日、
彼は帰って来る。
いつもより念入りに部屋をかたずけ、日に幾度となく
道の向こうを気にしていた。
・
家に着くなり彼、ザカリヤは、
妻エリサベツの手をとると、部屋の戸を閉じた。
違う。何かが・・。
握り締められた手が痛かった。
彼の瞳は少年のように輝き、しきりに何か言いたげだったが
エリサベツには聞えなかった。
ただ久しぶりの再開の喜びに涙がこぼれ、
そして、
内から込み上げてくるさざ波のような切なさに
戸惑いと懐かしさに溢れて
夫の胸の中で大きく息をした。
神殿でささげた神聖な香が鼻腔をかすめると
彼女の体から力が抜けていった。
・
おお!!
エリサベツは戸惑った。
新しい命の兆しを、老いた体に見つけたから。
彼女は笑った。
・
それから6ヶ月くらい経った頃、
ガリラヤのナザレに住んでいた娘マリヤも
おお!!と顔を引きつらせて叫んでいた。
御使いガブリエルがあらわれて
「あなたは男の子を産みます。
名前もすでに決まっています。
『イエス』です」
と宣言したからだ。
「そんなぁ・・
婚約者はいるけど、そんな関係には・・」
マリヤは口ごもった。
「これは聖霊によるもの。
あなたは処女のまま身ごもります。
その子は将来「神の子」と呼ばれ
神様は、先祖ダビデの王座をお与えになります。
それに親戚のエリザベツはすでに身ごもっていますよ」
マリヤは息をのんだ。
「あなたは特別に選ばれた乙女なのです。
神には不可能なことはなにもありません」
マリヤはダビデの名を聞くとなぜかほっとした。
彼女の婚約者ヨハネはその子孫だったから。
それで彼女は胸の前で手を合わせながら言った。
「わたしは主のはしためです。
神様のご計画がこの身になりますように」
彼女のその言葉を聞くと御使いは
満足そうに彼女の前からその姿を消した。
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