「だめだ!後一歩のところで逃げられた」
「おいおい、どうするんだ。このままでは我々も、共犯だと思われないか?」
「首謀者のイシマエルさえ捕まえておけば・・やはり疑われるかも・・」
「どうしよう・・」
「こうして、総督の側近だった我々が生きているのはおかしくないか?」
「そんなことはない。今まで親バビロン派としてゲダリヤ様を支えてきたんだ」
「しかし自国の兵士が殺されたのだ、我々が謀反人の一味だと疑われても弁解の余地はないぞ」
「濡れ衣を着せられるというのか?困った!!」
集まった者たちは頭を抱えて座り込んだ。
「エジプトへ行くというのはどうだろう?かつての同盟国だ。匿ってくれると思わないか?」
「エジプトか!考えなかったな。それはいい」
ヨハナンとアザリヤとその同胞。そして残りの民も首を縦に振った。
エジプトへ向かう途中、エレミヤの所に寄った。
親バビロン派の我らがエジプトへ行く?矛盾していないか?これでいいのだろうか?道々問い続けた疑問。
何か良い答えが得られるかもしれないと、彼らはエレミヤを頼った。
「バビロンを恐れるな」と、常日頃言っている預言者だが、状況が状況だ。例外として許されるはずだ。
彼らは自分たちの判断の正しさを、神様に認めてほしかった。
エレミヤにはすぐに会えた。彼の顔を見ると、挨拶もそこそこに状況を説明し、ヨハナンは言葉を続けた。
「エジプトへ避難するという、私たちの願いが受け入れられるよう神様に執成してください」
「エジプトへ行くと‥」
エレミヤは一瞬、ギロリと鋭い視線を彼らに向けた。それから左手で右肘を支え、おもむろに右手の親指を顎に持って行った。そして目を閉じ、うつむいた。
彼らを取り巻く微風がピタリと止まり、どんよりとした空気があたりを包んだ。
耐え切れなくなってアザリヤが言った。
「我々の後に続く者たちのためにも、お執成しをお願いします。もし、我々の願いとは反対のお言葉をいただいたとしても、我々はそのお言葉に従います」
そう言ってアザリヤは唇を掌で抑えた。何か意に沿わないことを口走った気がした。
そうなのだ、彼らの答えは決まっていた。この最上の計画に判を押してほしかったのだ。
エレミヤの答えも決まっていた。が、彼らの必死の願いを無下にもできず引き受けた。
「10日待ちなさい」
待ちに待った日がやってきた。エレミヤは言った。
「主のお言葉を継げよう。
主は言われる。この地に留まれ。バビロンの王を恐れるな。私が共にいてあなた方を守る。しかし、この地を離れ、エジプトへ行くなら、そこで剣と飢饉と疫病で死ぬ」
その言葉に人々はざわめいた。
アザリヤとヨハナンは叫んだ。
「それは嘘だ!
バルクがあなたをそそのかしたのだ。我々をカルデヤ人の手に渡して殺すのか!我々の神様がそのようなことをおっしゃるはずがない」
「そうだ!そうだ!」
彼らの後ろに控えていた者たちが声をそろえた。
それから擦った揉んだのあげく、エレミヤとバルクを強制的に引っ張り出して、エジプトへと同行させた。
と言うのも、
預言者エレミヤは正しいことを言っているかもしれない。何かあったら、神様に執成ししてもらおう。彼らの心のどこかで、ささやく声が絶えずしていたからだ。
彼らがなかば強制的に同行を求めた時、エレミヤの心は揺れた。
主の御心を知りながら、先祖が脱出したエジプトへと向かう彼らが、哀れでならなかった。「元の木阿弥」ではないか。しかし途中で目が覚めるかもしれない。そんな期待もあって彼らに同行したのだった。
エレミヤはバルクを見た。
優秀な書記官バルクをも巻き込んだことに、チクリと心が痛んだ。
「明日はタパネスに着くぞ!」
夕日に赤く染まったヨハナンが叫んだ。