肩に温かなぬくもりを感じて、私は目を覚ました。目の前にホセアの顔があった。
「やあ、目が覚めたかい?起こしてよいものか迷ったんだが、朝食の時間に来なかったので来てみたんだ」
「今何時だ?昨日の嵐はすごかったな」ホセアは一瞬、首をかしげたが、
「とにかく家に行こう」と言った。
私の杖は思わぬところまで飛ばされていて、探すのに手間取った。
ホセアの家に行くと、一人分の朝食が、ぽつんとテーブルの上にのっていた。それを見ると、急に空っぽの胃がきゅるるっと鳴った。
「どうか食べてください」ホセアが勧めてくれた。
私は席に着くと、何も言わずにパンをちぎり、スープを飲んだ。胃が満たされると、急に体が熱くなって、汗が噴き出てきた。ホセアはそんな私を、かいがいしく世話してくれた。私の気持ちが落ち着いたとみると、ホセアは言った。
「昨日、何があったんですか?嵐なんかありませんでしたよ。天気が良かったので、あの場所で十分祈りの時が持てたはずですが・・」
「それが、あまりにいこごちが良かったせいか、すぐ寝てしまってねぇ」
私は思わず頭をかいてしまった。
「そうでしたか。それはそれで良かった。旅の疲れがたまっていたのでは・・」
「いや、それはないと思うのだが・・実は、夜中に目が覚めたんだ。そしたら、暴風が吹き荒れていて、・・」
「不思議ですね?」
「これは最近私の身に起こることなんだ。ある時はたけり狂う嵐の中だったり、祈りの中でうつつの世から別の場所に移されたり・・。君だって、そんな経験があるだろう」
「確かにそうですね。祈りこんでいると、ある瞬間、何かを突き破って・・」
私とホセアは一瞬黙り込んでしまった。その感覚やその時のことを、言葉で表現しようと試みることはあっても、言葉が見つからないのだ。
「それで、何があったんです?」
ホセアは身を傾けて聞いてきた。
私はコップの水をごくりと飲み干した。
「私は夜中に、息苦しくなって目を覚ましたんだ。漆黒の闇に私は包まれていて、何も見えなかった。ただ、土埃が舞い上がり体に巻き付けていたマントの端がめくれあがって、ばたばたと音を立てていた。夜明けまでには、まだ間があるはずだった。雷鳴の鋭い光が、あたりを浮き上がらせた。するとすぐそばを、脂粉をムンムンさせ胸もあらわに着飾った女たちが、そぞろ歩いて通り過ぎたんだ。一人の女が、ニッと白い歯を見せて、私に流し目をくれたときには、ぶるっと身震いがした。そして、続いて起こる雷鳴を恐れて、私は耳を塞ぎ目を閉じたんだ。その瞼の裏に、テラテラと脂ぎった金の子牛像が見えた。その周りを狂ったように踊る人の輪があった。途切れることなく捧げられる動物の焼き焦げた臭い。悲痛な声で泣き叫ぶ牛や羊」
私はこれらのことを話しながらも、ムカムカしてきた。
「金の子牛は建国以来の悪ですね」
「そうなんだ」
私はコップの水を飲みほして続けた。
「『ダダドバァン!』一瞬、腰が浮いたような強烈な雷鳴に、『うっ!』と思わず声が出てしまった。私はただ身を固くして、恐れおののいているばかりだった。閃光が猫のように素早く走った。すると、さっきの女たちが現れたんだ。今度は、引き裂かれた衣をまとい、肩を落とし、ジャラジャラと鎖を引きずりながら、数珠つなぎになって歩いてきた。その長い行列は、闇の向こうに吸い込まれて行った。魚のように釣り針に引っ掛けられて行く者もいた。私は少しでも風を避けようと身をかがめた。そんな私の耳に、たけり狂う風の音に交じって、どう猛なライオンの咆哮が聞こえてきた。それが雷鳴の音と共に、地響きを上げて近づいてきた。おお!あ、あれは。あのお方の声だ。私の胸は高鳴り、震えた。突然、シオンの神殿がクローズアップされた。そこから、あのお方は叫ばれていたのだ。ゴロゴロと大岩をもて遊ぶ荒波のような、力強いお声だった。そのお声が、真っ白い波しぶきのようになって飛び散ったんだ。それがカルメル山の頂にまで達した時、緑豊かな牧草地は、茶褐色の荒れ地と化してしまったんだ。羊飼いたちの泣き叫ぶ声が、とぎれとぎれに聞こえてきて、わが身のごとく驚いたよ」
「あの緑豊かな地がですか?」
「そうなんだ。でも神様はそのようなことには目もくれず、イスラエルとユダの隣国に対する罪の数々を指摘なさったのだ。
『ダマスコは繰り返し罪を犯した。彼らは選民ギルアデを打ちのめした。
ガザは私の民を奴隷としてエドムに売り渡した。
アモンはギルアデ戦で残虐なことをした。
モアブはエドムの王たちの墓を暴いた』
神様はこれらの隣国の罪に対し、もはや我慢がならないとおっしゃられた。そして、それ相応の裁きを言い渡された。それぞれの王宮も灰燼と化し、王もその家族も民も、捕囚として異国に連れ去られると。
どのくらいの時が立ったのかわからなかったが、神様のお言葉が終わると、ぴたと風が止んでしまった。そして、私の意識が遠のいていったのだよ。君が来てくれなかったら、もっと寝ていたかも・・」
私は、まだ残っていたお茶をごくりと喉に流し込んだ。
「勢いよくテコアを跳びだしてきたが、今まで、人前に立って話したことなど皆無なんだ。神様は『恐れるな!』とおっしゃっておられるが、恐れているよ。自分の不信仰に呆れてしまう」
ホセアは私の話を聞きながら何度も深くうなずき、腕組みをして聞き入っていた。
「祈りましょう」ホセアは力ずよく言ってくれた。
・・・・
「ありがとう、君のとりなしの祈りで勇気がわいたよ。語るべき言葉は、そのつど神様が与えてくださる」
私は、武者震いしながら席を蹴って立つった。ホセアは私よりも若かったが、頼もしい同労者だと思った。私は強い照り返しで白っちゃけた道を、もわもわと土埃を舞い上げながら人通りの多いい街中へと出て行った。
🐤は、
アモスさんは羊飼いで
テコアから出たことのない人で
いいかな~って・・
神様がついているんだもん。